100万円ゲットだぜ

おっさんは嬉々とした顔で「やったで、ついにやったで〜!!」と大はしゃぎである。金もないのにまた性懲りもなくよからぬことやっとんなと思いつつ、台所で茶を飲みつつ話を聞くと、あらましはだいたいこんなところやった。やれやれ、、、



「100万!100万ゲットしてん!!やったよワシ、ほんまねばった甲斐あったで!!言うたやろ? ワシは100万とるいうたら絶対にとる、そういう男て、なっ!!!」


「懸賞当たってん!!メール来てな、いや、前のとは別の。それにエントリーしてな、、いや、ちゃうねん、これはちゃうねん、事情があんねんて。(携帯見せながら)これな、サイトを退会した女の子がな、余らしたポイントを私はいいですから別の人に使って下さいってのがあってな、そういうのがたまって147万円になってんて。そっからサイトが100万を還元するいうわけよ」


「3000円で登録すんねん。金? そら後で払うけどな。前のやつ? あれはもうやってへん。もうやけくそなってな、来るやつには片っ端から登録しまくったった。それよりな、ほら、登録したらIDが来んねんけど、あんたは色々言うやろけどな、ほら、今朝メールが来てん。見たらワシのIDやからびっくりしたよ」


「金どうやって受け取るか? ちゃんとUFJの口座番号教えたよ」


「ワシもずっとつかんかったけどな、また運向いてきたで。今度の女の子は900万援助してくれるいうからな。300万ずつ分けてな。『会いに行く時に現金持って歩くのは危険だから口座番号教えてくれたら振り込みます』って。ひとまず300万入れてくれるって。これから駅前でまた待ち合わせや。今度は住吉区で登録したからな。うん、メール仰山来るよ」


「だって、ワシこのままやと苦しいもん。電気はどうにかなったけど、ガスは明日止めに来る。しばらく風呂に入れへん。別に家おるだけやからええねんけど。ネコしかおらへんし。家賃払って色々払ってやってたら来月もいくらも残らんよ。でも言うたとおりやろ!!」


今度は懸賞系である。まったく次から次へと。。俺も慣れたもんで、すぐにサイトのアドレスを聞き、ググってみると、これまたビンゴもええとこであった。そのサイトの被害を報告する専用掲示板を印刷して、アホを相手する調子でそのありえなさを説明するも、そんなことはお構いなしで、何やら携帯をポチポチ押している。何やってるのか聞くと、


「いや、さっき言うた女の子に待ち合わせ場所伝えよう思うてな。。。ん??あれ、あかん。。」


何があかんのか、もう既にどうでもええといった気分なのだが聞くと、


「あかん、送られへん。あ〜畜生!ポイント切れたんか!!ほんま肝心な時にいつもいつも。。。」


「この娘な、メアド送ってきてん。画像で。直接送るとサイトが邪魔しよるから、みんな試行錯誤しとるよ。これやねんけど、画像が荒くてよう見えへんねん。"love..."、こっからがようわからんのよな〜、これ何やろ、見て、やっぱ "t" かな?」


俺はその間も自分のアドレスに来る、「当選しました」やら「誰それの紹介でメールしてます」やらを印刷して、おっさんに渡し、「そんなん俺にもこんだけ来るんや。そら1日50件じゃきかへんくらいよ。こんなん即削除や、気色悪い」。「ていうかな、おっさんここら歩いててな、900万持ってそうな女歩いてるか? 自分の生活感覚とやって来るメールの内容とどっちが信用に足るよ」と、ええ加減わからんか〜いう感じでまた話をしてたのだが、


「いや、それがおんねんて。住吉やら住之江やら。ワシもここらは貧乏人ばかりや思てたけど、持っとる人は持ってんねんて!!」


・・・やはり携帯とりあげなどうしようもないんかと思いつつ、「おとなしゅうしとくのはシンドイかしらんけど、おっさんついてないついてない言うけどな、今回家追い出されんでついてるって思わんか? 俺かてあんな世話、好きでやっとんとちゃうぞ。俺にしても不動産屋にしてもな、あんた気持ち踏みにじっとんねんで」。


こんなステレオタイプな嫌ごとは言いたくないと思いつつも、出てくる言葉を選んでられる程の気持ちの余裕もなく恫喝してしまった。もうええわと思い、「返して」と俺に届いたメールのコピーをおっさんの手から取ろうとすると、おっさんは腕を少し引っ込めた。「え!? これもらえへんの」というような顔をしとる。


「・・まさか!?、、、え〜〜!!」


俺はあきれるばかりであった。おっさんはそのコピーに書かれてたアドレスにアクセスしようとしてたに違いない。100万ゲットしたんとちゃうんか、まったく。。。まあ、何も聞いてないように見えて多少不安になったんやろう。それ以上は話をせず、コピーを返してもらい帰ってもらった。



やれやれ、である。

仏(ほとけ)の不動産屋

「アホですわ」と自嘲気味に話しながら、うなだれるおっさんを見る男の目はほとんど何かをあきらめた時のようなそれだった。


「きっちりだまされてますねん、あなたに。アホとしか言いようがない。自分自身がアホやからしゃーないですわ。守ってくれないんやったら解約して下さいよ。金銭的な問題やなくなるんですよ、これは。信頼関係なくしてるわけですよ、入って頂く時、私が世話しましたよ、はっきりいうて。あなたを信用して、信用せなあかん思うてやってきましたよ。だけどね、今回ね、あなたちょっとえげつなすぎるよ。連絡もけえへんし」


おっさんは、「前はお金が入ってくるというのがあったからね、、それがなかったらちゃんと相談したとおもうんですけど」みたいなことを言うのだが、男は間髪入れず、


「あなたね、何に使うてるんか知りませんけどね、儲けられるんか知りませんけどね、最低限のこと自分の責任でしてね、余った金でしなさいよ。ちゃいますか。迷惑をかけてやることとちゃうでしょう。。。。私としては出て行ってほしいね。スカッとしますわ」


俺は「それは困るやろ」とおっさんにふると、おっさんは力無く頷いていた。「仰ることはその通りだと思うんですが、そうなるともう野宿、、、○○さん、どうしたいんですか」と聞くと、「少しずつ家賃を返す」とこたえた。嫌な時間が過ぎていった。


しばらくして男は「次金入ってくるのはいつですの」とおっさんに聞き、また「そん時いくら入れてくれんの」と尋ねた。そして、おっさんが口ごもっているところで、「9万円入れたらあんたも生活できんでしょ。。。そんじゃ半分入れて下さいよ。じゃ、5万にしましょ。それでいけますか」。男は「しゃーないな」というような顔で話していた。


男の提案は、滞納している2ヶ月分、6万円の家賃を、2万円ずつ返すというものだ。
おっさんは「はい」とこたえた。


「次29日でしたよね。その時必ずうち寄って下さい。いっしょについていきますんや。おたく信用できひんし、また落としたらあかんから、銀行いっしょに行きますわ」


俺は「そうしてもろうた方がええで」と言い、ありがとうございますと礼を言った。


「それやったら家主さんとうちの社長にも何とかお願いしますわ。でないと私が払わなあかんもん。うちも生活でけへんからね。だからこない言わんとあかんくなったんよ。29日必ず来て下さいよ。でないと即刻カギ締めに行きますよ。水道も止めますよ」


おっさんは「ご迷惑おかけしました」と額が机につくかいう勢いで頭を下げていた。


それから男は「また同じことされたらかなわんから」と言いながら、パソコンで書類を作り出した。


「○○さん、関係ないのになんで上の人引っ張り出してきたんですか」と尋ねてきたので、俺は「いえ、僕が引っ張り出してきたんです」とこたえた。男は「ありがとうございます」とだけ言った。


男が書類を作り終えるまでしばらく時間があったが、その間おっさんが「この際申し訳ないから、『家賃4万に上げてもええ』と言ってみようか」と訳のわからんことを言ってきたので、俺は「いらんこと言わんでええ」と言って制した。あとで聞くと、喉元までこのセリフが出かかってたのだという。余計に生活キツくなるだけである。やはりついていったのは正解だったとこの時思った。


書類をプリントアウトして、男はその文面を読み上げた。


「え〜それじゃ、『念書』ですね。大阪市××区××、物件が△△。上記物件の賃借人、○○、平成19年2月分、3月分、4月分の家賃・共益費の合計9万円を滞納しており誠に申し訳ありません。つきましては、私の都合により、下記の通り分割して支払うことを約束いたします。支払わない場合は無条件にて物件明け渡しをいたします、、、、、、」


おっさんはその念書に署名をし、拇印を押した。男は「おたくもお金とか貸したんちゃいますか」と俺に尋ねてきた。「昔一度貸しましたね。ちゃんと返ってきましたけどね。お人好しやねんけど、ものすごだまされやすい人ですわ」。男は「私もね、そんな悪い人やないと思うんですけどね」とあきれた物言いで返してきた。


帰りに男は「○○さん、今一度ね、念書ももろうたし、これでもう一度私、家主と社長に説明に行きますわ。これで私にも責任がのしかかるんやからね。たのみますよ。来て下さいよ必ず。今回はね、この方の顔を立てたようなもんですよ。必ず来て下さいよ」と言った。俺とおっさんは丁重に頭を下げて不動産屋を後にした。


不動産屋を出ておっさんは、「ちょっと待ってて」と言って隣の銀行に入った。出てきたおっさんの手には600円があった。「全部おろしてきた」。全財産をポンポンと弄びながら話すおっさんの表情は少し明るくなっていた。


「疲れたね。コーヒーでも飲んで落ち着こか」。俺はおっさんとマクドに行き、おっさんにはてりやきバーガーセットをおごった。「一食分助かります」。俺は月末は必ず言われたとおりにするんやでと、念を押しつつひとまずは胸をなで下ろしていた。


あとは月末までどうにかシノげれば、部屋を追い出されることは当面ないだろう。しかし、月末まであと2週間もある。そして、来月家賃5万と公共料金2ヶ月分を払うと手元に幾ら残るだろう。1万そこらで1ヶ月しのぐのは相当キツイだろうに。また、出会い系の呪縛がおっさんをそう簡単に解放するとも思えず、しばらくシンドイ生活が続くんやろなと思いつつ、俺はおっさんと別れた。




それからしばらくおっさんに会わない生活が続いたのだが、あれから一週間後だったか、ゴミを出して部屋に戻ろうとしてた俺におっさんはニコニコしながら話しかけてきた。「メシ食えてる?」という俺の言葉をかき消す勢いで、おっさんはものごっつ嬉々とした顔で話しはじめた。

「私もアホですよ」

不動産屋についたおっさんと俺は小綺麗な店内に入り、あいさつをする。こういう時ほどぎこちないあいさつもない。何しろ嫌なお願いをする前なんやし、向こうも札付きが変なのを連れてきたと思うに違いないからだ。


一番手前の、俺がアパートに入る時にも相手してくれた男が応対に出た。この人もあの頃よりもずっと年をとったようだ。事務所に入ってまず俺が自己紹介をした。「○○(アパート名)のアビコです。で、こちらが問題の○○の××さん。××さんの上に住んでます」。


席に着き、俺はおっさんに事情を話すよう促した。おっさんはぼそぼそとあらかた事前に俺が言ったように話をし、家賃の分割払いを家主に言ってくれないかとお願いした。


男はいぶかしそうにこちらを見ながら、「詐欺ってなんですの」と。俺は「携帯電話でのネット商取引かなんかで甘い話に乗ったみたいです」と半分ウソをつく。さすがに「出会い系で」と話をするのは印象悪いかと思ったのだ。すると男は俺に「あなたはそれと関係してるんですか」とたずねてきた。男はまず俺がなぜここにおっさんと一緒に来てるのかが理解できなかったのだろう。俺のヒゲ面を見て借金取りか何かと思ったのだろう。それを否定した後、再度おっさんを促すと、両手をテーブルについてお願いしていた。



それからがしんどかった。男が話したことはあらかたこんなとこやった。


「それじゃ、うちの方の事情を申し上げますね。ここ(不動産屋)はね、家主さんと管理契約しとるんですよ。それでね、うちは家賃を立て替え払いしとるんですよ。今2ヶ月分、うちが立て替えとるんですよ。家主さんは亡くなったうちの先代の社長からおつきあいさしてもろうててね、そういう形をとらしてもろうてるんですわ。だから、今家主さんやのうて、うちが損害被ってるんですよ」。


「入る時に再三申し上げましたよね。ああいう特別な部屋ですのでね(詳細は省くがおっさんの部屋は、いわゆる「いわくつき」である)、本来やったら保証金ももっと多く取ってね、やらしてもらうんですけどね、そういう事情もありますんで、家賃を滞らせず払って頂くということでやらしてもろうたんですよ。でね、この人、これが初めてとちゃうんですよ。だからね、おっしゃることを100%鵜呑みにはできないんですよ。事実かもわからないんですけどね、でも1回や2回やないんですよ。金落としたと言うてきた時もありましたね。友達にだまされてお金をとられたとか、どこまで本当か、どこまでが作り話かわからんのですよね。だからね、初めての話やったら、私らも対応さしていただくんですけどね、言わせていただきますけどね、契約の期間中、何度もありましたよね。払われへんねやったら、うちにも負担がきますからね、早い話が解約していただきたいんですよ」。


「あなた収入いくらありまんの。××円? で家賃は? 3万円。払って下さいよ、それくらい、はっきりいうて、ちゃいますか?」。


俺にふられたので「仰るとおりです」と応えた。で、また「あなたは今日はどうして来ましたの」聞かれたので、「いや、おっさんわけわからんくなっとるから、一人で行かせると無茶苦茶なこと言いかねんと思って心配やったんで」と応えると、


「かまへんよ、言うてくださいよ。いいですよ、言うてください。無茶苦茶言うてくださいよ! うちも受けてたちますよ。何でも言うてください。私らそんなん言われる筋合いないと思うよ。私ら頭ごなしに言うたことないと思うよ。今日が初めてですよ、こんなん言うたんは。だってあなた、いっこもやってくれないじゃないですか。ずっとですよ、同じこと。せやから、ある人私に言いましたよ。『何やってんねん』て。あなたも色々なこと言うてましたから、私、全部信用してましてん、今まで。滞るたびに。言うちゃ悪いけどね、そんなしょっちゅう不幸は訪れませんで。取られたやらだまされたやら。ないような話ばっか聞いてますけど」。


おっさんは「それはもう、ほんまなんですよ」と力なく返していた。俺もウソちゃうかと何度も思ったのだが、このおっさんならそのくらいのヘタうちそうやと今は理解してしまっている。


「落としたいうのもありましたね。私、2〜3回聞いてますよ。うちアホやからそんなん信用してますねん。落としたんやったらかわいそうやないうて。うちアホやからね、信用してますねん。・・・・・・解約してください!! 信用できない!!!」


「言われて今回もあなたの言うとおり、だいぶ待ちましたよ。どないしてくれるんですか、3万、3万で来月で9万ですよ。個人的にも請求されてますねん、私、会社から。『お前がアホやから』いうて、頭ごなしに。待ったってくださいて、私、間入ってやってますねん。私も生活あるんですよ。子どももおるし。給料からさっ引かれたらどないして生活するんですか。9万も給料からとられたらどないして生活すりゃええんですか! 子どもも大きうなってますねん。今進学の時期なんですわ。おたくだけがしんどいちゃいまんねんで!! かたつけてもらわな。なんぼ私払わなあかんのですか、おたくのために!! 私あなたに何も恩なんてありませんよ。間入ってる人間のこと考えてくださいよ、あんた、ちゃいますか」


「間入って会社やら家主さんやらに頭下げて、『もう少し待ったげてください、信用してあげてください』いうて。何べん頭下げてるか。アホですよ私、きっちりだまされてますねん、あなたに。アホとしか言いようがない。でもアホやからしゃーないですわ」



・・・この間もおっさんは「仰るとおりです」とうなだれどおしであった。それを見るのもしんどいが、不動産屋の男の事情もしんどい。彼には俺も入居時やその後の部屋の小さな修繕などでてきぱき応対してくれ、世話になってることあり、同情してしまうのである。おっさんがやってたセールスの仕事の話(基本給0円!!)を聞いてたこともあって、彼がいくらか立て替えさせられかねんという話にもリアリティがあった。


この重々しくしんどい場は、この後もしばらく続くのであった。

番外編(2) 「ブログ解読」で取り上げられた

稲葉振一郎氏が「ブログ解読」にて「出会い系おっさん」に言及(2007年3月12日の朝日新聞夕刊)。以下は掲載そのままではないが、稲葉氏から送っていただいた草稿を転載。なお、読みやすくするために、改行を一行アキに変えました。


ここでは「きし」が作者みたいに読めてしまいますが、繰り返しますが私はマイミクさん(「アビコ」さん)の日記を転載してるだけです。

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 はじめはみんな笑ってみている「ネタ」だったのである。


 ほとんど同じタイミングで、以前紹介した大学院生dojinのブログ(http://d.hatena.ne.jp/dojin/)と、差別論などを専門とする社会学者岸政彦(龍谷大学)のブログ(http://sociologbook.net/)で、「出会い系サイト」の話題が盛り上がった。


 dojinは出会い系で女の子役のサクラのバイトをしている友人(男)の話を面白おかしく紹介し、「出会い系にメールしてくる男たちは、本当に女の子と会えることを期待し、その多くは実は男であるサクラに手もなくだまされているだけのアホなのか、それともこれはディズニーランドのように、虚構の世界に遊ぶテーマパークのたぐいなのか?」と疑問を提出した。一方岸は友人(mixiでいう「マイミク」)のmixi日記から、出会い系に真面目にはまっている「おっさん」の話を淡々と紹介していく。隣人たる「おっさん」を真面目に心配する日記主はともかく、読者としては抱腹絶倒であった……最初のうちは。


 筆者にも毎日、出会い系からお誘いメールが届くが、妙齢の女性が見ず知らずの男と、しかも大金を払ってでも(「逆援助交際」なるおかしくも恐ろしい言葉が、ネットではすっかり定着した)関係を持ちたい、など申し出てくるとは、常識ある正気の人間なら信じるとは思えない。dojinの「出会い系サイト=テーマパーク」仮説が出てくる所以である。しかしながら広い世の中、信じてはまってしまって、サイト運営会社に高額の手数料をむしられている、シリアスな被害者もまた確実に存在するのだ。岸の紹介する「おっさん」はまさにその好例で、いささかできすぎに思えるほどのはまり具合だ。


 おっさんのような被害者はよほどのアホで、言ってみれば自業自得なのだろうか? だとしてもやはりサクラ行為はれっきとした詐欺で、騙された者の愚かさが騙した者の罪を帳消しにするわけはない。そして実際、最初はただおっさんを笑っていた読者も、やがて徐々に肝が冷えていく。ちょいとばかり金をむしられてハイ終わり、の笑い話ではすまないかもしれない。はまり方によっては、気付いたらヤミ金にひっかかった多重債務者のようになりかねない、悪質な出会い系(健全な出会い系、が存在するのかどうかについては不明をお詫びする)の恐ろしさが伝わってくると同時に、おっさんの心の動き、はまった理由もなんとなく分かってくる。


 別におっさんはどうしようもないアホというわけではない。景気のよいときにはブンブン言わせていたこともあるが、不況で事業は傾き、気がつけば60を前にひとり身だ。女にせよビジネスにせよ、おっさんはそれでもまだ長い先の人生、もうひと勝負したいのだ。「離婚して慰謝料をせしめたがひとり寂しい熟女」からの「逆援助」の申し出に心が動いてしまうのは、スケベ根性もあろうがビジネスへの飢えのなせる業でもある。純然たる色欲だけでも、また単なる金銭欲だけでも、ここまではまることはなかっただろう。まさにおっさんは「心の隙を衝かれた」のだ。そして「いかにもうそ臭い→しかし本当にだますつもりなら、こんなみえみえの嘘をわざわざつくはずがない→ひょっとしたら本当かも?→本当だ!」とはまっていく……。(なお「おっさん」ネタはその後http://d.hatena.ne.jp/DeaiK-Ossan/に引っ越しています。)

番外編(1) テレビ番組制作会社からメールが来た

『今日、下のおっさんが出会い系で知り合った女に会いにいきます。』 作者きし様 [きし注・作者ちゃうねんけど]


はじめまして。
突然のメール失礼致します。
わたくし、テレビ番組制作をしております、テレビ東京の○○と申します。


このたび、きし様にお願い・ご協力をいただきたく連絡させていただきました。
ご了承ください。


わたくしは、テレビ東京で4月6日放送開始の『うぇぶたまww』という番組に携わっております。
現在放送中「うぇぶたま」のリニューアル版です。
 

 『うぇぶたま』 金曜25時30分〜(http://www.tv-tokyo.co.jp/contents/webtama/
MC バナナマン・リアディゾンほか


この番組は、ネット上にある金の卵を紹介していく番組です。
番組スタッフが書籍や映画、ゲームなどエンタテインメント作品になりそうな金の卵(ネット上の作品)を探してきて、一流バイヤー達にプレゼン。
バイヤーが気に入った金の卵があった場合、それをメディア化してもらうという番組です。


そこで、今回、作品を番組でご紹介させていただければと思っております。
作品の紹介だけでなく番組出演をお願いする可能性もございます。
(この件についてはあらためてご相談させてください)


『今日、下のおっさんが出会い系で知り合った女に会いにいきます。』に現在進行中の出版社からの書籍化などメディア化の話はありますでしょうか?ありましたら、お手数ですがその旨もお伝えいただければと思います。


現在では、スタッフが興味をもった作成者にアポイントを取らせていただいている段階です。
もし、『今日、下のおっさんが出会い系で知り合った女に会いにいきます。』を番組で紹介することに特に問題がなければ、簡単なメッセージで構いませんので返信をいただければと思います。


お返事をいただいた後、こちらから、再度あらためまして、ご連絡をさせていただきます。


急な話で大変恐縮ではありますが、何卒よろしくお願い致します。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
〒105-○○○○
港区○○○○○○ ○○○○○○○○5F
テレビ東京制作 『うぇぶたま』  
  ○○ ○○
TEL 03-○○○○-○○○○ FAX 03-○○○○-○○○○
MAIL ○○○○@○○○○.co.jp
テレビ東京うぇぶたま」 http://www.tv-tokyo.co.jp/webtama/
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

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とうぜんお断りしたのだが、「すみませんでした」とか「了解しました」とか一切何の返事も無い(笑)

いざ不動産屋へ

翌日、正午過ぎにおっさんを訪ねた。俺が寝坊したこともあり、もう不動産屋には行ったかと聞くと、「いや、まだ。起きるの待とうと思うてね」。


家にあがり、勧められたコーヒーを飲みつつ、「一晩考えましたか。で、どうしますのん」と聞くと、「昨日は眠れんかった。。もう会えへんのかな思うて。一気に8人にふられた〜思うともうやりきれんでな〜。。。。」と。


その後に出てくる言葉はまた前日と同様なテイストを帯びたものばかりなのであった。


「ああでな、こうでな」と、しんどい話を延々と聞くのは、内容そのものもさることながら、聞いてても結局どうするつもりなのかが出てこないし伝わってこないままなのであり、内心イライラもするわけである。しかし、急いて事をし損じるということもあるので、俺は黙って頷きながらそれを聞いていた。


話の中には温め続けているビジネスの具体的な話もあった。「アビコさんを信用して言うねんけどな」。以前にもビジネスのアイデアについて聞いたことがあるのだが、それとは別の商品についてであった。どんな内容かはさすがに書けないが、ものづくりやビジネスの事など皆目わからない俺には、それが材質面やコスト面においてどこまで実現可能なのかはさっぱりなのであるが、とりあえず、夢のある、売っててもええし買う奴もおるやろなと思うアイデアだったことだけは記しておこう。


とはいえ、俺は今おっさんがどうしたいのかを聞きたいわけで、感情が顔に出やすい俺は、明らかに強い不快を示す表情をしていたはずである。30〜40分くらいだろうか。おっさんはひとしきり1人でぼそぼそと話し続けた。一息ついたところで俺は言葉を選びながらあらかたこういうことを言ったと思う。


「俺はな、そんなビジネスの事には全然関心ないし、その商品にも興味もないし、話を聞いたところでどうこうしようなんて思わん男や。せやけど、それがあったら買う奴おるかもなくらいは思う。夢があるなと思うし、すごいなと思うよ。でもな、今はこの部屋追い出されるかどうかいう時やないか。"Dead or Alive"や。それこそ夢見るどころじゃなくなるで。今後のことは今後考えればええやないですか。○○さん、この部屋気に入ってる言うてたやないですか。この部屋なくなってもええんですか。××(ネコ)はフリスキー食ってますか。そうですか。××もまさか家追われるかもとは思っとらんやろね。××は○○さんがおらんと生きてけませんよ。××のためにもどうにかせなあかんでしょ。そうでしょ? とりあえず、今何をせなあかんのか、○○さんは今、何をせなあかんのですか?」


えらそうなもんである。しばらくおっさんはうなだれ、静かな時間が過ぎていたのだが、その間に携帯が鳴った。


「督促メールだけはひっきりなしに入ってくんねん。これ、、、、ん?違うな。。」


全然別の女からまた逆援助メールが来たのであった。なんちゅうタイミングで、、、一瞬、うわっと思ったが、幸いかそれがここまで作られたシチュエーションを崩すことはなかった。


しばらくしておっさんは、「家賃を何とか少しずつ返すとお願いする、、、」とごにょごにょ返してきた。。「でも、やっぱいっぺんに払えて言うてくるんちゃうかな」。


俺は「いや、話してみる価値はあると思うで。1ヶ月1万でも2万でも、返ってこんよりはましやろ」と返した。


しばらくして、「アビコさん、今日は一日いけるんですか」。


「いや、俺もそんなヒマいうわけやないよ。この後打ち合わせがあるから」。


「そんじゃ、明日でも」。


「いやな、俺の都合に合わせてどうすんねん。○○さんが今どうせなあかんかと思うことが肝心やねん。ほんまにこの部屋やら××を守りたいんかいうことよ」。。。なんて嫌な役回りだ。


おっさんは少し間をおいて腰を上げながら「今から行きます」と言った。やっとである。気づけばここまでで1時間程度が過ぎていた。


俺も準備すると言って自分の部屋に戻った。内心ほっとした反面、しかし、今度はさあどうなることやらという不安がやってきた。先に「やってみる価値ある思うで」とは言ったものの、大学時代、俺はそれを大家に言ってあっさり断られたことがあるのであった。おっさんを励まし少しは前向きにさせるために言ってみたのだが、度々家賃を滞らせてきた前科があるわけで、おっさんに対する不動産屋の印象も悪いだろうことは想像に易く、内心できるものなのかどうか不安であった。


不動産屋に行けば、そこがめちゃめちゃ嫌な場になることうけあいで、俺も何言われるかわからんのだが、おっさん一人で行かせても、また訳のわからんことを言いそうだと思ったので、ついていくことにしたのである。


行く前に、「いらんこと言わんのよ。『詐欺にあった』『ごめんなさい』『もうしません』『何とか分割で払わせてください』これだけでええんやで」と言って、一緒に自転車で不動産屋へと向かった。

今こそ逢魔ヶ辻

「俺が提示しうる生活再建のルート」などとえらそうな事を書いたが、一気に事態が改善するような術など、そこらにころがってはいないのであった。知り合いの施設職員に事情を話すと、出てくる言葉は重苦しいものばかりで、電話は終始、その先にある苦い表情を想像するのも容易な、そんな調子であった。


「冷たいようやけど、そら一度いくとこまでいかなわからんで、そのおっさん。それこそ野宿まで至ればまだ手の出しようもあるくらいで。いうてもそれこそ大変やねんけどな。。。」


困難な事情を抱えた数え切れないほどの人々を相手に相談業務や生活支援をやってきた、その人生のそれぞれの困難を毎日聞き取り、それに関わる社会的諸制度について知りつくした男をして、これである。電話をする前からそれは承知であったが、それでも今何ができるのかを二回りも歳の違うおっさんに素人の俺が語り、何かしらを演じるためには、彼との会話が必要だったのである。


そこで確認されたのは、


・まず、何より家賃の支払いについて目処をつけることが先決である。足に不自由があるとはいえ、歳もまだ若いだけに、追い出されたらそれこそ厄介である。電気が止められようがとりあえずは死にはせん。


・現状でおっさんがとりうる選択は、
 1、彼の施設に入って生活の再建を目指す。何とか彼の紹介で入れないことはないとのことだ。もちろん様々な生活指導を受ける。
 2、何とか家賃の分割支払を大家にお願いして、苦しいながらも返していく。
 3、以下略(すなわち、えげつない事態である)。
 4、


施設職員の彼と俺の提示した「生活再建のルート」は一致した。こんなもんである。また、そのどれを執るかはおっさんに決めさせろとアドバイスを受けた。2を選択する場合、出来れば毎月の家賃の支払い、さらに言えば毎日の生活費をも管理する人がいるのが望ましいのだが、そんな気の利いた人はいない。行くとこ行けばそうした事を請け負ってくれる団体もないことはないのだが、電車で通ってそんなんするのは非現実的だ。俺? 俺1人でやるには責任重すぎるだろ。本音を言えば、そんな責任をもつのは嫌やし、もつつもりもない。人の人生にそこまで深入りする、そんな相手は俺かて選びたい。おっさんが自分で頑張るしかないのである。


そして1、2をとるとして、その際の絶対条件は「携帯電話をもたさない」ことであった。出会い系から足が抜けない限り、生活再建は無理という判断だ。基本的には日常の通信手段なのだし、とりあげるわけにもいかんので、これまた難題である。


色々な細かい事情も加味した上で、こんなケースはこの施設職員をして初めてだという。「ええ勉強になったわ」と最後に話していた。


夜も遅かったが、俺は彼の施設のホームページをプリントアウトし、電話で話したことを清書した紙とを携えて、再びおっさんの部屋を訪ねた。30分前と変わらぬあんばいであった。


俺は神妙な口調で上記の事どもを話していった。いつもは俺が話すのを遮って自分の言いたいことばかり話しているおっさんも、この時は下を向きつつ神妙な顔つきで話を聞いていた。


ひとしきり話終えた後に、少し静寂があった。部屋の奥の方では多分、ネコがグーグー寝てるのだろう。


しばらくしておっさんはぽつりぽつりと話し始めた。それは何で自分がこんなアホなことを、アホなこととわかっててもなお続けているのかということの弁明であった。その内容自体はこれまでも大筋は聞いてきたような事なのだが、出てくる言葉には胃袋の臭いがくるまったような、そんな重々しさがあった。"pain"である。


自分がこうありたい、こうなりたい、もう一度、自分の考えて温め続けている商売で、もう一度、足が痛い、痛い足を治したい、病院も紹介してもろうたけど、治療がこわい、すでに失った、きょうだいや友人、音信不通の息子や娘からの信頼を回復したい、今さらあわせる顔もないのはわかっている、せやけども、もう一度、もう一度ーーーーおっさんはそんなやりきれん思いを誰に話すでもなく日々抱えつつ、ここ数年、俺の部屋の真下で1人生きてきたのである。


「いろんな奴を見返してやりたいんや。みんなもうワシのことはどうでもええねん。きょうだいやら友達やらな。金やねん。それなりに事業を成功させて、それで、同じ立場まではいかんでも、『あー、あいつやっとるな』くらいにはなる」


「実はな、昨日も行ってきたんよ。そう、○○(大きな駅)。夕方な、またメール来て。どないもならんやろ思ってんけど、そしたらえらい雨が降ってきて帰るに帰れん。女を待つんやなく、小降りになるんを待って帰ってきたんが1時前くらいかな。。。ワシな、ほんまはこんなダラダラした男とちゃうんよ、ほんまわ。足悪うして、こうなってからほんま無気力やな〜と、毎日テレビばっか見てファミコンして寝てな。。。。でもこの一ヶ月、ほんまワシ元気やったよ。そら今までやったら○○やら××まで自転車で行くなんて考えられんかったよ。でも行くもんな。。。。ほんま言えば1000万なんていらんのよ。ワシ、もしこの朋恵さんと会えて一緒に事業始めたら、また元気になると思うねん。今足が痛いんも、治るような気がするんよ」


そんなこんなを長いこと黙って聞き、最後に「それもこれもとりあえず、家賃のことをかたしてからやな。決めるんはおっさんやで。俺はこーせぇあーせぇとはもう言わんよ。もし出会い系やめてやり直すいうんやったら、明日、不動産屋についていくわ。一晩じっくりと考えてみてください」とだけ言って部屋を後にした。


俺を玄関まで送るためにいつもは出てくるおっさんは、この時だけは出てこなかった。