いざ不動産屋へ

翌日、正午過ぎにおっさんを訪ねた。俺が寝坊したこともあり、もう不動産屋には行ったかと聞くと、「いや、まだ。起きるの待とうと思うてね」。


家にあがり、勧められたコーヒーを飲みつつ、「一晩考えましたか。で、どうしますのん」と聞くと、「昨日は眠れんかった。。もう会えへんのかな思うて。一気に8人にふられた〜思うともうやりきれんでな〜。。。。」と。


その後に出てくる言葉はまた前日と同様なテイストを帯びたものばかりなのであった。


「ああでな、こうでな」と、しんどい話を延々と聞くのは、内容そのものもさることながら、聞いてても結局どうするつもりなのかが出てこないし伝わってこないままなのであり、内心イライラもするわけである。しかし、急いて事をし損じるということもあるので、俺は黙って頷きながらそれを聞いていた。


話の中には温め続けているビジネスの具体的な話もあった。「アビコさんを信用して言うねんけどな」。以前にもビジネスのアイデアについて聞いたことがあるのだが、それとは別の商品についてであった。どんな内容かはさすがに書けないが、ものづくりやビジネスの事など皆目わからない俺には、それが材質面やコスト面においてどこまで実現可能なのかはさっぱりなのであるが、とりあえず、夢のある、売っててもええし買う奴もおるやろなと思うアイデアだったことだけは記しておこう。


とはいえ、俺は今おっさんがどうしたいのかを聞きたいわけで、感情が顔に出やすい俺は、明らかに強い不快を示す表情をしていたはずである。30〜40分くらいだろうか。おっさんはひとしきり1人でぼそぼそと話し続けた。一息ついたところで俺は言葉を選びながらあらかたこういうことを言ったと思う。


「俺はな、そんなビジネスの事には全然関心ないし、その商品にも興味もないし、話を聞いたところでどうこうしようなんて思わん男や。せやけど、それがあったら買う奴おるかもなくらいは思う。夢があるなと思うし、すごいなと思うよ。でもな、今はこの部屋追い出されるかどうかいう時やないか。"Dead or Alive"や。それこそ夢見るどころじゃなくなるで。今後のことは今後考えればええやないですか。○○さん、この部屋気に入ってる言うてたやないですか。この部屋なくなってもええんですか。××(ネコ)はフリスキー食ってますか。そうですか。××もまさか家追われるかもとは思っとらんやろね。××は○○さんがおらんと生きてけませんよ。××のためにもどうにかせなあかんでしょ。そうでしょ? とりあえず、今何をせなあかんのか、○○さんは今、何をせなあかんのですか?」


えらそうなもんである。しばらくおっさんはうなだれ、静かな時間が過ぎていたのだが、その間に携帯が鳴った。


「督促メールだけはひっきりなしに入ってくんねん。これ、、、、ん?違うな。。」


全然別の女からまた逆援助メールが来たのであった。なんちゅうタイミングで、、、一瞬、うわっと思ったが、幸いかそれがここまで作られたシチュエーションを崩すことはなかった。


しばらくしておっさんは、「家賃を何とか少しずつ返すとお願いする、、、」とごにょごにょ返してきた。。「でも、やっぱいっぺんに払えて言うてくるんちゃうかな」。


俺は「いや、話してみる価値はあると思うで。1ヶ月1万でも2万でも、返ってこんよりはましやろ」と返した。


しばらくして、「アビコさん、今日は一日いけるんですか」。


「いや、俺もそんなヒマいうわけやないよ。この後打ち合わせがあるから」。


「そんじゃ、明日でも」。


「いやな、俺の都合に合わせてどうすんねん。○○さんが今どうせなあかんかと思うことが肝心やねん。ほんまにこの部屋やら××を守りたいんかいうことよ」。。。なんて嫌な役回りだ。


おっさんは少し間をおいて腰を上げながら「今から行きます」と言った。やっとである。気づけばここまでで1時間程度が過ぎていた。


俺も準備すると言って自分の部屋に戻った。内心ほっとした反面、しかし、今度はさあどうなることやらという不安がやってきた。先に「やってみる価値ある思うで」とは言ったものの、大学時代、俺はそれを大家に言ってあっさり断られたことがあるのであった。おっさんを励まし少しは前向きにさせるために言ってみたのだが、度々家賃を滞らせてきた前科があるわけで、おっさんに対する不動産屋の印象も悪いだろうことは想像に易く、内心できるものなのかどうか不安であった。


不動産屋に行けば、そこがめちゃめちゃ嫌な場になることうけあいで、俺も何言われるかわからんのだが、おっさん一人で行かせても、また訳のわからんことを言いそうだと思ったので、ついていくことにしたのである。


行く前に、「いらんこと言わんのよ。『詐欺にあった』『ごめんなさい』『もうしません』『何とか分割で払わせてください』これだけでええんやで」と言って、一緒に自転車で不動産屋へと向かった。