「私もアホですよ」

不動産屋についたおっさんと俺は小綺麗な店内に入り、あいさつをする。こういう時ほどぎこちないあいさつもない。何しろ嫌なお願いをする前なんやし、向こうも札付きが変なのを連れてきたと思うに違いないからだ。


一番手前の、俺がアパートに入る時にも相手してくれた男が応対に出た。この人もあの頃よりもずっと年をとったようだ。事務所に入ってまず俺が自己紹介をした。「○○(アパート名)のアビコです。で、こちらが問題の○○の××さん。××さんの上に住んでます」。


席に着き、俺はおっさんに事情を話すよう促した。おっさんはぼそぼそとあらかた事前に俺が言ったように話をし、家賃の分割払いを家主に言ってくれないかとお願いした。


男はいぶかしそうにこちらを見ながら、「詐欺ってなんですの」と。俺は「携帯電話でのネット商取引かなんかで甘い話に乗ったみたいです」と半分ウソをつく。さすがに「出会い系で」と話をするのは印象悪いかと思ったのだ。すると男は俺に「あなたはそれと関係してるんですか」とたずねてきた。男はまず俺がなぜここにおっさんと一緒に来てるのかが理解できなかったのだろう。俺のヒゲ面を見て借金取りか何かと思ったのだろう。それを否定した後、再度おっさんを促すと、両手をテーブルについてお願いしていた。



それからがしんどかった。男が話したことはあらかたこんなとこやった。


「それじゃ、うちの方の事情を申し上げますね。ここ(不動産屋)はね、家主さんと管理契約しとるんですよ。それでね、うちは家賃を立て替え払いしとるんですよ。今2ヶ月分、うちが立て替えとるんですよ。家主さんは亡くなったうちの先代の社長からおつきあいさしてもろうててね、そういう形をとらしてもろうてるんですわ。だから、今家主さんやのうて、うちが損害被ってるんですよ」。


「入る時に再三申し上げましたよね。ああいう特別な部屋ですのでね(詳細は省くがおっさんの部屋は、いわゆる「いわくつき」である)、本来やったら保証金ももっと多く取ってね、やらしてもらうんですけどね、そういう事情もありますんで、家賃を滞らせず払って頂くということでやらしてもろうたんですよ。でね、この人、これが初めてとちゃうんですよ。だからね、おっしゃることを100%鵜呑みにはできないんですよ。事実かもわからないんですけどね、でも1回や2回やないんですよ。金落としたと言うてきた時もありましたね。友達にだまされてお金をとられたとか、どこまで本当か、どこまでが作り話かわからんのですよね。だからね、初めての話やったら、私らも対応さしていただくんですけどね、言わせていただきますけどね、契約の期間中、何度もありましたよね。払われへんねやったら、うちにも負担がきますからね、早い話が解約していただきたいんですよ」。


「あなた収入いくらありまんの。××円? で家賃は? 3万円。払って下さいよ、それくらい、はっきりいうて、ちゃいますか?」。


俺にふられたので「仰るとおりです」と応えた。で、また「あなたは今日はどうして来ましたの」聞かれたので、「いや、おっさんわけわからんくなっとるから、一人で行かせると無茶苦茶なこと言いかねんと思って心配やったんで」と応えると、


「かまへんよ、言うてくださいよ。いいですよ、言うてください。無茶苦茶言うてくださいよ! うちも受けてたちますよ。何でも言うてください。私らそんなん言われる筋合いないと思うよ。私ら頭ごなしに言うたことないと思うよ。今日が初めてですよ、こんなん言うたんは。だってあなた、いっこもやってくれないじゃないですか。ずっとですよ、同じこと。せやから、ある人私に言いましたよ。『何やってんねん』て。あなたも色々なこと言うてましたから、私、全部信用してましてん、今まで。滞るたびに。言うちゃ悪いけどね、そんなしょっちゅう不幸は訪れませんで。取られたやらだまされたやら。ないような話ばっか聞いてますけど」。


おっさんは「それはもう、ほんまなんですよ」と力なく返していた。俺もウソちゃうかと何度も思ったのだが、このおっさんならそのくらいのヘタうちそうやと今は理解してしまっている。


「落としたいうのもありましたね。私、2〜3回聞いてますよ。うちアホやからそんなん信用してますねん。落としたんやったらかわいそうやないうて。うちアホやからね、信用してますねん。・・・・・・解約してください!! 信用できない!!!」


「言われて今回もあなたの言うとおり、だいぶ待ちましたよ。どないしてくれるんですか、3万、3万で来月で9万ですよ。個人的にも請求されてますねん、私、会社から。『お前がアホやから』いうて、頭ごなしに。待ったってくださいて、私、間入ってやってますねん。私も生活あるんですよ。子どももおるし。給料からさっ引かれたらどないして生活するんですか。9万も給料からとられたらどないして生活すりゃええんですか! 子どもも大きうなってますねん。今進学の時期なんですわ。おたくだけがしんどいちゃいまんねんで!! かたつけてもらわな。なんぼ私払わなあかんのですか、おたくのために!! 私あなたに何も恩なんてありませんよ。間入ってる人間のこと考えてくださいよ、あんた、ちゃいますか」


「間入って会社やら家主さんやらに頭下げて、『もう少し待ったげてください、信用してあげてください』いうて。何べん頭下げてるか。アホですよ私、きっちりだまされてますねん、あなたに。アホとしか言いようがない。でもアホやからしゃーないですわ」



・・・この間もおっさんは「仰るとおりです」とうなだれどおしであった。それを見るのもしんどいが、不動産屋の男の事情もしんどい。彼には俺も入居時やその後の部屋の小さな修繕などでてきぱき応対してくれ、世話になってることあり、同情してしまうのである。おっさんがやってたセールスの仕事の話(基本給0円!!)を聞いてたこともあって、彼がいくらか立て替えさせられかねんという話にもリアリティがあった。


この重々しくしんどい場は、この後もしばらく続くのであった。