止められた

「止められた・・・・」


先に顔をあわした時とはまるで異なる様子でぼそぼそと言っている中で、まず耳に入ったのはこれだった。おっさんの体は一回りも二回りも小さくなったように見えた。発する声に、過去の武勇伝やら災難やらを嬉々と話していた力強さはまるで感じられない。


一体何があったのかを聞くと、



「女の子からのメールをサイトが完全に止めやがった。。。。。」



・・・なんじゃそらと思い、よかったやん、もう悩まされんと、と俺は最初言っていたのだが、すぐさまこれはそんな安直に考えるような話ではないと思い返した。



この一ヶ月近く、おっさんにとって出会い系の女からのメールは、虚構にしてなお実質をもつ、生活の支えだったのだ。


「夕方からぱったりと止まってん。。。昨日また『月曜日ヒマやから会おう』いうのが来てな。うん、連絡はできんよ。でもまた行ったろ思ててん。向こうからのメールが来んかったら、待ち合わせの場所もわからんやろ。。。どうにかせんと、何とか金をつくらんとな。。。もうどないも」


「督促のメールはひっきりなしに来るよ、ほんま。。。。回収会社別に移す言うて」


「携帯の明細も来てびっくりしたよ。。。24000円て、、、、」


「携帯は大してかからんよ。パケ代も定額やから。7000円くらいちゃうか」などと甘い見通しを語っていたので、俺も言っても仕方がないと思いつつも、せやから言うたやろ! などと言ってしまう。今更ながら具体的に色々な支払がいくら残っているのか気になり、まず家賃の催促は来たかとたずねると、明日明後日あたりまでに払うように言ってるとか何とかごにょごにょ言っている。もう埒があかんので、請求書全部用意しろと言い、紙とボールペンを持ち、おっさんの家に行った。


おっさんの家に行くと、ひっきりなしにメールを打っている。何をやっとんのか聞いて画面をのぞくと、サイトにあと1日だけ女からのメールを止めるの待ってくれとお願いする内容だった。そんな醜いことやめてくれと言い、溜まった請求書どもを出してもらった。


「えーと、家賃は1ヶ月分やから30000円と」とメモを取り出したのだが、


「いや、2ヶ月分や。せやから強う催促してくんねん」


・・・おっさんウソついとったんか! 罵倒してたら、「いや、金入った日に不動産屋行ったら休みやってな。それでワシもあん時混乱してたから。。。。。」



ウソをつくな、ウソを!!! やばいだろ、そら。おっさんには既に滞納した前歴が多々あるんやし、、、、10年前、大学生の頃、麻雀、サイコロ、パチスロと負けまくって家賃に手をつけたこともある俺は、言うところの混乱は理解できんことはないのだが、混乱がウソと裏表であったこともまた、大家にえらい剣幕で払うか退去かを迫られた、苦々しい記憶とともに思い出されるのであった。


請求書をすべて書き留め、合計した金額は約10万円であり、あとはCD代5000円に出会い系の後払い分29000円がある。端金とも言いうる額だが、それでも今のおっさんを追い込むには十分すぎる額である。


「最初から1人の人に決めてたら、遊びで色々メール送ってなかったら、もっと早く会えたのに、、、最後の頼みもなくなった。。。。もうどうしたらええやら。。。うん? いや、、現実を考えなあかんのはわかっとる。わかっとるけど、考え出したらもう生きた心地がせんから。。。。」


正直かける言葉が見つからなかった。その時言えたことといえば、「今ならやり直せる」「まず家賃が先決」「家を追われたらそれこそどうにもならん」「まずは城を守ることを考えんと」。。。。当たり前なのである。そんなことは俺なんぞに言われなくともわかってることなのである。当たり前過ぎて、響かないのである。


言葉の欠乏を痛感するとともに、何だか俺まで情けなくなってきた。しかし、おっさんは情けなさも通り越して、抜け殻になりつつあるように見えた。


俺が提示しうる生活再建のルートについて、じっくり話し聞かせるならば、今しかない。そう思った。というより、家賃の問題がここまで切迫しているとは思ってなかったので、最早猶予がないと思った。


俺は自分の部屋に帰り、色々な裏付けとアドバイスを請うため、その筋では最も信頼できる施設職員に連絡をとった。30分彼と話をし、丁重に礼を言った後、俺は再度おっさんの部屋へと向かった。