声をかけ続ける

おっさんはかつては月収数百万を稼ぐトップセールスマンだった。多少いかがわしい会社だったというが、顧客の信用を得て、費用に見あうようサービスに満足してもらえるように、休みも返上して働いていたという。そして働いた後は、部下に気前よくおごり、金を貸し、また夜の女への贈り物も欠かさない。稼いだ金は、そっくりそのまま夜の街に消えていった。


しかし、少し前に足を悪くしてからは思うように働けない状況が続いている。働くことと女のことが全てのようなおっさんには、今の生活は不満が溜まる一方だ。出会い系の前にも、何とかもう一度花咲かそうとじたばた動いていた。だが、思うようにいかない。


自分と同じように苦況にある友人をしばらく泊めていたが、その男はある日おっさんのサイフを持ってどこかへ消えた。また別の友人も金を借りに来て、4万円を渡したが、携帯電話で連絡とろうにも通じない。


街で仲良くなった女の子がメールで「今日中に5万円用意しないとヤクザがやってくる」と言ってくれば、自分の生活費を渡してしまう。数日後メールに書いていたその娘の住所まで歩いて行くも、そこには別の女が住んでいたという。


その度に米とコーヒーだけでしのぐ、そんなおっさんを俺は見てきた。金を貸したこともある。その金は3ヶ月に分けて少しずつ返ってきた。お礼だとタバコ1カートンを置いていった。


助平で見栄っ張りでどうしようもない、だが基本的には義理堅く情にあつくお人好し、そんなおっさんである。



3月5日、午後9時頃にやってきたおっさんの顔は死ぬほど疲弊していた。


「ワシの家のもんいっさいがっさいそのまま置いてるから、それを10万円で買ってここに住むいう人おらんかな」


・・・なんちゅうことを聞いてくるんだ。おってもそんなん勧められるか。俺はそんなこと考えずに、今からでもどうにか生活立て直すことを考えようやと言うのだが、


「もういまさらどうにもならん。とにかく今週末には金を用意せな、大変なことになる。携帯も家賃も今週末までや。家賃は待ってもろうてるからな。。電気とガスも来週止めに来る。それは月末までどうにかなるけど」


「金入った時に携帯でCD注文してもうてんけど、それも払えんやろ。そんな場合やないて? いや携帯見てええな〜思うて。青いとこ押してな。この前佐川の人来たけど、まあ困るやろうし置いといてって。それもあるな」


先の日記でポイントが残ってると書いたが、それは俺の聞き間違いで、あの時既に後払いで29000円分を使い切った後だったのだ。だからおっさんからはメールも送れない。


3月に入って出会い系には、先月の後払い分30000円を込みで、既に10万以上は使ったという。手元にいくらあるのか聞くと、


「銀行に600円くらいあったかな。それおろして2000円かな。ネコのカリカリもあとこんだけや(1日分くらい)。とりあえずまずこれを買うてやらんと。こいつはノラじゃもう生きていかれへんよ。すぐ死んでまうわ。こいつだけはどうにかしたらなな」


「とにかく1人でも見つける。そうせな終わりや。一番探しやすいのはこの人かな。赤のBMW乗ってんねん。これ(写真)。これ最新型やからな。鶴見に住んでるいうからディーラー行って最近これ買った人いませんかと聞けばわかるわ」


「1000万の娘もな、レストランのチェーン店やっとる言うからな。店の名前? わからん。でもな、タウンページで○○店て書いてるとこはチェーン店やろ。それでここかないうて電話するんやけどな、こんな感じの女性店長いませんかって。うん、おらんて」


「ワシはホームレスはできん、そんな男や。あんな生活するくらいなら死ぬ。もう自殺や」


げっそり老け込んだ顔をしながら話すおっさんに俺は、とにかくいよいよ自分はおかしいと思い出したら、俺だけでなくすぐに俺や上の奥さんなど身近な誰かに話しかけるように言っておいた。それはかつて中島らも鬱病に苦しみ自殺願望が出てきた時に、丁度事務所にわかぎえふが現れたおかげで救われたというエピソードを思い出したからだ。また、逐電するんだけはやめてくれと言っておいた。


翌日、俺は隣に住む若奥さんに、内緒事と前置いた上で事情を話し、協力を促した。「そういえば最近一段と元気ないと思ってたんよね」。彼女も快く了解した。


今、俺は毎日、おっさんが失踪してないか、恐々としている。俺がこんなことを日記に書き続けるのも、こんなの書かねば抱えきらんからだ。忙しかろうが、書くことで自分を落ち着かせているのである。とりあえず、今から2日ぶりにメシでも持って声をかけに行こうと思う。どうなることでもないが、ネコにだけまともなメシを食わしておくわけにはいかん。